えろいよ


by v-est2
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ヒカルの碁

実は最近、知財の勉強の傍ら、息抜きにマンガに没頭している

ヒカルの碁っていう少年ジャンプのマンガやねんけど、これが実に深い
少年ジャンプコミックとか言いつつも大人が読んでも十分楽しめる内容である

テーマは囲碁なのであるが、俺はとんと碁がわからない。
このマンガを読んだからといって囲碁にくわしくなるというストーリーでもなく、碁が好きになるというわけでもない。興味深いのは、神の存在である。

小学生の主人公ヒカルが囲碁の神様に取り付かれて?そこから囲碁の世界に足を踏み入れ、神の1手を極めるべくプロの世界で切磋琢磨していくという内容--

自分の実力に自信をもつようになるにつれ、今まで精神的に依拠していた神から自立するようになってゆく。神はそれまでずっとヒカルのそばで彼の成長を見守り続けていたのだが、彼の精神的成長と自立心の昴まりによって自分の果たすべき役割に終わりを見出し、彼の傍からある時ふっと姿を消してしまう。もう神に頼るのではなく、これからは自分で世界をきりひらきなさいと言うかのように。

いままでずっとそばにいてくれた心の支えが急にいなくなってしまったヒカルはその悲しさゆえに囲碁を一時は断念してしまう。も、自分が囲碁を打ち続けることが神への恩返しであり自分が囲碁界のsanctuary(聖域)にたった時、神に近づけるのかもしれないと感じ、碁と真正面から向き合う決心を固め、神がずっと追い続けていた『神の1手』を体得すべく、ライバル達と切磋琢磨し、更なる成長をとげてゆく。

この本が23巻で突然の打ち切りで終わってしまったのが残念でならない。ヒカルは聖域にたどり着いたのか、ヒカルの見た聖域とは彼にどう映ったのか。。。せめてヒカルの成長は見届けておきたかった。

自分は将来どんな人間になるのだろうか?そんなことは誰にもわからない
でも自分で将来の点を見いだし、そこにむけて線を引くことで道は開けると思う

ヒカルは囲碁の神様によって向かうべき点を囲碁に見出した。おそらく神はヒカルに強制したのではなくヒカルが神に導かれたのであろう。自分の場合はどうだろう?目に見えない神は実は導いてくれているのか?ならば未来とはすでに出来上がっているストーリーなのか?

人生の最終目標は何か?と聞かれたら俺にはわからない。「自分はこんなんでいいや」とたかをくくって生きるのは嫌やし、仮に、誰からも賞賛される地位を獲得できたとしても、そこが最終目標ならその時点でゴールだ。その先のトラックは引かれていない。生きる価値、人生の輝きは失われてしまうだろう。

自分は何をするために存在しているんやろか。見えないゴールにひた走るため?神に近づくためか?もしくは囲碁の神さんのように、次世代へと精神を継承するためなのか?

宗教チックになってきたんでここでやめにするが、最近のマンガは実に興味深い。e0027072_232567.jpg



手前が主人公
後ろが囲碁の化けもん(神様)
[PR]
by v-est2 | 2005-11-04 02:07 | にきー